オトナニナラネバ。

いい加減、大人にならねば……難しいけどね。

「僕」から「俺」に変わる時。

僕はブログでの一人称のとおり、普段から自分のことを「僕」と言っています。

(ちなみに、仕事中は基本的に「私」といっています。)

 

「僕」は子どもっぽいと思いますが、人生において「俺」に変えるタイミングを逸してしまいました。

今さらキャラ変更して一人称を変えるのもどうかと思うので、そのままにしておきます。

ところで、男性の一人称について、こんなツイートが話題になりました。

 「大人の男になる条件」の一つとして「ボク」から「オレ」への一人称移行を挙げています。

小学生の頃に比較的スムーズに移行するとのことで、実際そうなのだと思います。

しかし、僕は移行に失敗してしまったわけです。

 

ちなみに「母親の呼び方移行期」については、昔から「お母さん」呼びです。

「お袋」、せめて「母さん」が大人の男っぽいですが、別に変えるまでもないかなと思っています。

人前で呼ぶわけでもないですし。

「ママ」呼びの方々は移行に苦労するかもしれません。

 

個人的には母親の呼び方よりも兄の呼び方に困っています。

実は「お兄ちゃん」から変えていないのです。

兄が高校進学後はあまり関わらなくなったので、長い間呼ぶことさえなかったのが大きな理由です。

 

さすがに三十路男が「お兄ちゃん」はいかがなものかと思います。

とはいえ、今さら変えるとなると……

「兄貴!」……なんか舎弟みたい

「兄さん!」……なんか上流階級みたい

「兄ちゃん!」……「おう、そこの兄ちゃん、ちょっとうちの店寄ってけや!」みたい

……と思っちゃいます。(考えすぎ)

元からそう呼んでいれば自然でしょうが、今から改めて呼び始めると思うと小っ恥ずかしいです。

 

 

さて、話を一人称に戻します。

親としては息子に「僕」との一人称を使わせるのではないでしょうか。

最初から「俺」と呼ばせようという親はなかなかいないかと思います。

そう考えると、「僕」から「俺」への移行は、親からの自立の第一歩なのかもしれません。

その移行を経ていないから、僕は大人になりきれていないのか……!!?

……でも、やっぱり今さら変えませんけどね(笑)

 

大人の男の苦労に関するお話でした。

 

三十路男のSexy Tour 2017 ~ STAGE【その4】

『Sexy Zone Presents Sexy Tour 2017 ~ STAGE』をボチボチ観ている池松ケイタです。
k30otona.hatenablog.com

さて、続きを再生ー!……の前に!!

佐藤勝利君、2018年4月期日テレ系土曜ドラマ『Missデビル 人事の悪魔・椿眞子』出演、おめでとうございます!

2018年2月2日の発表を受けて翌3日に一斉に報じられました。
(1月にはすでに報道が出ていましたが、このタイムラグは何なんでしょうか?)

さて、テレ土曜ドラマ枠といえば、ジャニーズ枠といわれるほどジャニーズが起用されています。

三十路男の僕的には、幼い頃に観ていた『金田一少年の事件簿』(堂本剛君主演の時)や『銀狼怪奇ファイル』(堂本光一君主演)が印象が強いです。

現在(2018年1月期)放送中の『もみ消して冬〜わが家の問題なかったことに〜 』Hey! Say! JUMP山田涼介君主演。マンガレベルのガッツリコメディドラマで、超コミカルな演技を見せています。

勝利君は現在放送中の『99.9 -刑事専門弁護士- SEASON Ⅱ』では「謎の男」を演じていますが、次の『Missデビル』ではコミカルな役どころなのでしょうか?

日テレ系土曜ドラマ枠に出演してきた歴代の諸先輩方に続く活躍を期待したいですね!

 

では、改めて。

菊池風磨君の超セクシーなパフォーマンスの続きから再生ー!

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三十路男、中島健人『CANDY』の虜になる。【後編】

~あらすじ~

中島健人『CANDY 〜Can U be my BABY〜』を購入したハロプロ好き三十路男、池松ケイタ。

ここから彼のCANDYライフが始まった。

k30otona.hatenablog.com

 

 

中島健人は天才だ――

ケイタは確信した。

 

 『CANDY』の作詞は中島健人本人

歌詞の内容は「愛しい君は甘いキャンディ、とにかく好き好き限界だ!」といったもの。

こんな糖質過剰摂取の甘々リリックを平然と(かどうかは分からないが)書ききる。

なんという才能だろう。

 

言葉選びのセンスも素晴らしい。

「キスして!」ではない。あくまで「Chuして!」なのだ。

「甘いミント flavorした」なんて、宇多田ヒカルのような天才的センス

ニガくてせつないタバコのflavorがしたわけではなく、「甘いミント」なのがアイドル的で良い。

あくまでキャンディケインのミントであって、決してメンソールのタバコではない。

 

ケンタは気づいた。

中島健人の末恐ろしい才能を表現しようとすると、馬鹿にしているように聞こえることに。

ケイタは己の表現力の未熟さを恨んだ。

しかし、すぐに気を取り直して続きを書き始めた。

ケイタはとにかく中島健人の天才ぶりを書きたいのである。

どう読まれようが構やしない。ケイタの中島健人を讃える気持ちは本物だ。

 

中島健人はとにかくセルフプロデュースの能力が卓越している。

自分のソロ曲を作詞することになった青年が

「よっしゃ、いっちょ歌詞書いたろうかねぇー!

 えっと、とりあえず出だしは『キャンディ ラブ ケンティー』、と……」

となるだろうか。いや、なるまい。

しかし、中島健人は書いちゃうのである。

「よしよし、俺といえばラブホリだから『アイム ラブホリック』、と……」

やっぱり、中島健人は書いちゃうのである。

 

セルフプロデュースが上手い人は、自己を確立し、それを巧みに押し出している。

中島健人の中で自己のアイドル像――世界観が完成しているのではないか。

そして、それを見事な言葉選びのセンスで歌詞にしているのだろう。

 

しかも、パフォーマンスに「無理して演じている感」がないのが素晴らしい。

無理して演じている感が出ると、一気にコントと化してしまうが、それが一切ないのだ。

歌声からナチュラルなキラキラ感があふれ出ている。

この曲に実にマッチしているが、そのキラキラ感を出せる人間はそうそういないだろう。

 

ハロプロ好きとしては、ももち嗣永桃子さん)を思い出す。

彼女は、一般的には「ぶりっ子アイドル」という軽い表現で括られてしまうに違いない。

しかし、そのアイドルとしてのあり方は、隙がないほど世界観が確立されたものだった。

アイドルとは何たるかとの問いに自分なりの確固たる答えを持っていた。

そして、それを自分の人生、青春をもって体現したのだと思う。

ももちはアイドルを貫徹した。

それは決してアイドルを”演じきった”のではない。彼女が”アイドルそのもの”だったのだ。

そう確信させるほどの芯の強さを持っていた。

 

そして、中島健人にもそのような芯の強さを感じる。

きっと、彼も”アイドルそのもの”だ。

彼にどんな変化が訪れても、彼がアイドルであることは変わらないはずだ。

 

つい先日ハマったばかりなのに、ケイタは何だか偉そうに分かった風な口をきいている。

だが、『CANDY』という曲と、作詞を手掛け、豊かな表現力で歌い上げる中島健人がそう思わせた。

 

これは、アイドルとしての一つの完成形の提示だ。

ケイタにとって、その完成形はあまりにも理想的だった。

 

『CANDY』の虜になり、ケイタの胸中には様々な思いが去来する。

しかし、結局、その思いは一つの言葉に集約される――

 

 

「LOVE KENTY!」(コール)

 

ごちゃごちゃ言わんと、とにかく楽しいー!!!