オトナニナラネバ。

いい加減、大人にならねば……難しいけどね。

三十路男、中島健人『CANDY』の虜になる。【後編】

~あらすじ~

中島健人『CANDY 〜Can U be my BABY〜』を購入したハロプロ好き三十路男、池松ケイタ。

ここから彼のCANDYライフが始まった。

k30otona.hatenablog.com

 

 

中島健人は天才だ――

ケイタは確信した。

 

 『CANDY』の作詞は中島健人本人

歌詞の内容は「愛しい君は甘いキャンディ、とにかく好き好き限界だ!」といったもの。

こんな糖質過剰摂取の甘々リリックを平然と(かどうかは分からないが)書ききる。

なんという才能だろう。

 

言葉選びのセンスも素晴らしい。

「キスして!」ではない。あくまで「Chuして!」なのだ。

「甘いミント flavorした」なんて、宇多田ヒカルのような天才的センス

ニガくてせつないタバコのflavorがしたわけではなく、「甘いミント」なのがアイドル的で良い。

あくまでキャンディケインのミントであって、決してメンソールのタバコではない。

 

ケンタは気づいた。

中島健人の末恐ろしい才能を表現しようとすると、馬鹿にしているように聞こえることに。

ケイタは己の表現力の未熟さを恨んだ。

しかし、すぐに気を取り直して続きを書き始めた。

ケイタはとにかく中島健人の天才ぶりを書きたいのである。

どう読まれようが構やしない。ケイタの中島健人を讃える気持ちは本物だ。

 

中島健人はとにかくセルフプロデュースの能力が卓越している。

自分のソロ曲を作詞することになった青年が

「よっしゃ、いっちょ歌詞書いたろうかねぇー!

 えっと、とりあえず出だしは『キャンディ ラブ ケンティー』、と……」

となるだろうか。いや、なるまい。

しかし、中島健人は書いちゃうのである。

「よしよし、俺といえばラブホリだから『アイム ラブホリック』、と……」

やっぱり、中島健人は書いちゃうのである。

 

セルフプロデュースが上手い人は、自己を確立し、それを巧みに押し出している。

中島健人の中で自己のアイドル像――世界観が完成しているのではないか。

そして、それを見事な言葉選びのセンスで歌詞にしているのだろう。

 

しかも、パフォーマンスに「無理して演じている感」がないのが素晴らしい。

無理して演じている感が出ると、一気にコントと化してしまうが、それが一切ないのだ。

歌声からナチュラルなキラキラ感があふれ出ている。

この曲に実にマッチしているが、そのキラキラ感を出せる人間はそうそういないだろう。

 

ハロプロ好きとしては、ももち嗣永桃子さん)を思い出す。

彼女は、一般的には「ぶりっ子アイドル」という軽い表現で括られてしまうに違いない。

しかし、そのアイドルとしてのあり方は、隙がないほど世界観が確立されたものだった。

アイドルとは何たるかとの問いに自分なりの確固たる答えを持っていた。

そして、それを自分の人生、青春をもって体現したのだと思う。

ももちはアイドルを貫徹した。

それは決してアイドルを”演じきった”のではない。彼女が”アイドルそのもの”だったのだ。

そう確信させるほどの芯の強さを持っていた。

 

そして、中島健人にもそのような芯の強さを感じる。

きっと、彼も”アイドルそのもの”だ。

彼にどんな変化が訪れても、彼がアイドルであることは変わらないはずだ。

 

つい先日ハマったばかりなのに、ケイタは何だか偉そうに分かった風な口をきいている。

だが、『CANDY』という曲と、作詞を手掛け、豊かな表現力で歌い上げる中島健人がそう思わせた。

 

これは、アイドルとしての一つの完成形の提示だ。

ケイタにとって、その完成形はあまりにも理想的だった。

 

『CANDY』の虜になり、ケイタの胸中には様々な思いが去来する。

しかし、結局、その思いは一つの言葉に集約される――

 

 

「LOVE KENTY!」(コール)

 

ごちゃごちゃ言わんと、とにかく楽しいー!!!